今日は 祖母の命日
3月13日 祖母の命日 今年は 23回忌 だった。
親父が 体調悪くて 23回忌は 法事 としては しなかった。。。。。。
寺の住職に頼んで 御経をあげてもらっただけ でした。。。・・・・
結局 うちは その時は 行けず っていうか お袋 事後報告 すんなよ~~。。・・・
うちはね 典型的な ばあちゃん子 だったんだ!!
本当に 大好きだった おばあちゃん!!!
てな 訳で 今日は 岐阜県関市某所 うち 孫六の実家 さおとめ家 について です。。。

この顔だし には 意味は ありません(笑)
うち 田舎で 世間と文化が 随分遅れていたなぁ~~と 思うことが あります。
それは、、、 約40年前 ・・・・ 昭和40年代 ・・・・
さおとめ家の近所のほとんどの家 には 必ず 煙突 が ありました。
その煙突は お風呂を 薪で 沸かしていたり、お米を お釜で 炊いてたり 、、、、
そうなんです。 家の 台所は 。。。 土間 で しかも 釜戸あり でした。。。。。
さおとめ家の近くは 山がなく 薪となる枯れ木は どうやって調達してきたのか と云えば、、、、
川 です。。 近くに 長良川が 流れていましてね!!

年に数回 長良川が 大雨で 増水するんです。昔はほぼ写真の土手は 水に浸かるほど でした。 今ほど 護岸が整備されていなくて 川のほとりは ササが生い茂り 増水 すると 川上から 木の枝 なんかが 漂流してきます。 増水が収まると 家族で 川岸に行って その枝や 木(山からそのまんま 流れてくる)を その場で 細かくして 持って帰るんです。。。。
それが 薪になり お風呂沸かし に 使われます。。。。。。
さおとめ家では うちが20歳くらいまで お風呂は 薪 使ってました。 いわゆる 五右衛門風呂 です。
なんで 大学やバイトの友達が 泊りにくると みんな ビックリ してました。。。。
バイト友達で先輩でもある 赤坂さん(仮名)なんかは 最初 ビックリ 次に 面白がって お風呂を 自分で 沸かしたい と云い始め ・・・・・
人間って 火 を みると なんか 燃えるというか 興奮しませんか???・・・・
赤坂さん テンションが 上がって バンバン 薪 入れるんですよ~~~~。。。。
お風呂の 温度なんか かまわずに・・(笑)
おかげで お風呂 チンチン(岐阜の方言で アツアツとか 沸騰とかのこと) に なってた。。(大笑)
まだね さおとめ家 には 薪 いっぱい 残っているんだよ!!
随分前に 親父に この薪 もう使わんだろ!! と 聞いたところ、、、
「いざ という時に 使うんだ!!」 と いっていたが、、、、
いざ! という 時 って あんのかなぁ~~。。。。。
実家の母屋の2階に 整然と 並んで置いてある薪 薪としては かなり高級なんだとか????・・・
まぁ 災害なんかで 炊き出し に 使っていないから 、、、
それは それで お守り で いいのかなぁ~~~。。。。・・・・
でも、、、30年 置いてあるんだけど・・・・・

数年前までは 法事 は 基本 家 で やりました。当然 お経のあとの 食事も 仕出しをお願いし ご飯は 釜戸で 炊き上げ でした。 葬儀も 自宅が 基本で そのときも 精進落としは 釜戸 大活躍でした。
時代は 変わり 今は 法事は料理屋 葬儀は 葬祭センター 、、、、・・・
釜戸も 薪 も 必要の ない 時代 になりました。。。。。
親父が 体調悪くて 23回忌は 法事 としては しなかった。。。。。。
寺の住職に頼んで 御経をあげてもらっただけ でした。。。・・・・
結局 うちは その時は 行けず っていうか お袋 事後報告 すんなよ~~。。・・・
うちはね 典型的な ばあちゃん子 だったんだ!!
本当に 大好きだった おばあちゃん!!!
てな 訳で 今日は 岐阜県関市某所 うち 孫六の実家 さおとめ家 について です。。。

この顔だし には 意味は ありません(笑)
うち 田舎で 世間と文化が 随分遅れていたなぁ~~と 思うことが あります。
それは、、、 約40年前 ・・・・ 昭和40年代 ・・・・
さおとめ家の近所のほとんどの家 には 必ず 煙突 が ありました。
その煙突は お風呂を 薪で 沸かしていたり、お米を お釜で 炊いてたり 、、、、
そうなんです。 家の 台所は 。。。 土間 で しかも 釜戸あり でした。。。。。
さおとめ家の近くは 山がなく 薪となる枯れ木は どうやって調達してきたのか と云えば、、、、
川 です。。 近くに 長良川が 流れていましてね!!

年に数回 長良川が 大雨で 増水するんです。昔はほぼ写真の土手は 水に浸かるほど でした。 今ほど 護岸が整備されていなくて 川のほとりは ササが生い茂り 増水 すると 川上から 木の枝 なんかが 漂流してきます。 増水が収まると 家族で 川岸に行って その枝や 木(山からそのまんま 流れてくる)を その場で 細かくして 持って帰るんです。。。。
それが 薪になり お風呂沸かし に 使われます。。。。。。
さおとめ家では うちが20歳くらいまで お風呂は 薪 使ってました。 いわゆる 五右衛門風呂 です。
なんで 大学やバイトの友達が 泊りにくると みんな ビックリ してました。。。。
バイト友達で先輩でもある 赤坂さん(仮名)なんかは 最初 ビックリ 次に 面白がって お風呂を 自分で 沸かしたい と云い始め ・・・・・
人間って 火 を みると なんか 燃えるというか 興奮しませんか???・・・・
赤坂さん テンションが 上がって バンバン 薪 入れるんですよ~~~~。。。。
お風呂の 温度なんか かまわずに・・(笑)
おかげで お風呂 チンチン(岐阜の方言で アツアツとか 沸騰とかのこと) に なってた。。(大笑)
まだね さおとめ家 には 薪 いっぱい 残っているんだよ!!
随分前に 親父に この薪 もう使わんだろ!! と 聞いたところ、、、
「いざ という時に 使うんだ!!」 と いっていたが、、、、
いざ! という 時 って あんのかなぁ~~。。。。。
実家の母屋の2階に 整然と 並んで置いてある薪 薪としては かなり高級なんだとか????・・・
まぁ 災害なんかで 炊き出し に 使っていないから 、、、
それは それで お守り で いいのかなぁ~~~。。。。・・・・
でも、、、30年 置いてあるんだけど・・・・・

数年前までは 法事 は 基本 家 で やりました。当然 お経のあとの 食事も 仕出しをお願いし ご飯は 釜戸で 炊き上げ でした。 葬儀も 自宅が 基本で そのときも 精進落としは 釜戸 大活躍でした。
時代は 変わり 今は 法事は料理屋 葬儀は 葬祭センター 、、、、・・・
釜戸も 薪 も 必要の ない 時代 になりました。。。。。
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